ホームレスになった

ゴールドコーストの日常



来年以降もオーストラリアでクレイグの指導を受けながらトライアスロンをやりたいと相談をし、


今年をどう生きるか?決めて、セカンドワーキングホリデービザの取得のためにCabooltureへ行くことにした。




期待と不安が入り混じる豪雨の中、荷物を詰め込んで、ゴールドコーストから車で2時間の場所にある田舎町にたどり着いた。




田舎町と言ってもなんでも揃うショッピングモールもあるし、

アジアンスーパーや飲食店もし充実していて、とても過ごしやすそうな町だった。

都会に出たければ車で40分も行けば、Brisbaneにも出れる。



この町なら愛せそうだと思った。




滞在予定の家に到着して数分待っても担当の女性が現れず、不安が募った。




すると、数十分待ったころに車から一人の韓国人男性が出てきて、

私の車が駐車できるスペースがないので、他の家に移動するよう言われた。




車で移動することは伝えていたし、どう見ても車いくらでも止められそうだけど…と思いつつ、他の家へ。




そこでも数分待ったが、その韓国人の男性は現れず、ひとまず家にいた人たちに話をして私の荷物を部屋に運ばせてもらった。

その家は全員韓国人で男性4人女性1人が住んでいるようだった。




韓国語で会話しているので何を言っているのかさっぱり分からなかったけど、この家に住むのはとても不安だな…という空気を察した。





家に案内してくれた韓国人の男性は当分現れそうになかったので、引っ越しを手伝ってくれた

小学生の頃から一緒にトライアスロンをやっているShoと一緒に夕飯を外で済ませてまた家へ戻った。

とりあえずShoとは別れて一人で家に行き、その担当の男性を待つことに。



19時40分ごろになってようやくやってきたその人は、

自分がブリスベンまで私の部屋に置くマットレスなどを取りに行ってたことや

担当してくれていた日本人の女性は病気で休んでいることなどを教えてくれた。




正直、そのためにあなたの仕事があるんだからどうでも良いから早く寝かせてくれ。

と思いつつ、今日交わす予定になっている契約書の内容や滞在先が変わり

6畳はあるシングルルームのバストイレ付から

4畳程度のシングルルームでバストイレ別、しかも男性陣との共用バストイレになったんだから値段を下げてほしいと交渉した。




しかし彼は全てのシングルルームが同一の値段だから下げることはできない。

嫌なら今日出て行ってくれ。

明日から働けるが、契約書を持ってきてないから明日の仕事後に契約をする。


先に家賃とボンドを払ってほしい。と言われた。





完全に怪しい。

というか怖い。




キャッシュが足りないふりをしてATMに向かうことを告げ、即友達に電話をした。

韓国語で何を言っているのか分からなかったけど、全員で何か文句を言っているのは間違いない雰囲気だった。




怖すぎて冷静な判断が出来そうになかったので、友達に全てを話し、



Cabootuleのシングルルームの相場を調べてほしい。

今日ここに泊まるべきか?

相談すると、相場の1.5倍の値段だし、契約書を準備してないなんてあり得ない。

絶対に働いちゃだめだし、1銭も渡さないように。すぐにそこから出な。

とアドバイスをもらい、戻って理由を話した。




すると、それなら即出て行ってくれ。と、荷物をそこに住む全員で運び出され、ドアを閉められた。



自転車を勝手に触られ、運ばれたときはFワードがでかかった。


人生トップ3レベルの修羅場を感じた。




そのままブリスベンに下っていって知人の家に2日間滞在させて頂いた。



放心状態で、なんでこんな目に合うんだ…と思いつつ、

入れてもらったグリーンティーで心を落ち着かせてコーチに報告をすると、




そんなところいるべきじゃないし、出て正解だよ。ビザよりも君の安全と健康が一番大切だから。

3か月とはいえ、君が一番心地よい場所を選んで。



とアドバイスをもらった。




怖かったし、悲しかったけど、英語が上手く話せないからと言って諦めて妥協して奴隷のように働くのは

自分の価値も、日本人の価値も下げるようで嫌だった。




でもそこでは沢山のアジア人が働いていて、相場よりも高い家賃を払いながら

相場より安い給料で働き、仕事と部屋とビザを得る。

英語が話せるようになったバイリンガルの子たちはSupervisorとして母国語でワーカーを募集したり、

紹介をしたりして、お金を得ている。

ボスはファームも家もオーナーをしているのでいい車に乗って、いい家に住んでいる。

この縮図は当たり前だ。

無知であるから搾取される。

無知はコストでしかない。

でもビザの為に働くけれど、ここで半年も働きたくはないな。そう思った。


それなら日本に居た方が自分の価値が上がる経験と実績が得られるような気がするとさえ思った。




ビザの為と割り切って働くのもありだった。



Noと言えない奴のYesに価値はない。

そう言われたことを思い出して、思い切ってNoと言った。


この時はそれが正しいのか?分からなくて、

私はここで生きることを諦めた方が楽で良いのではないか?

これが正しい選択なのだろうか?

と眠れない夜を過ごした。



2,3時間睡眠で、パソコンにかじりついて情報を集めたり、人脈をたどりまくったりした。




その間もトレーニングは続けた。





ただ、これ以上同じ人にお世話になるのも申し訳ないと思い、元トライアスリートで親友のRisaに相談すると

二つ返事で泊まらせてもらえることになった。




眠れない数日を過ごしたのとRisaに会ってほっとして、いろんな話をした後に

その日は死んだように寝てしまった。





まさか異国の地で、ホームレスになり、仕事も無くなるなんて思いもしなかった。

人で傷つくこともあるけれど、人が居れば生きていけるし、

やっぱりひとりでは生きていけないと思った。





この旅路は妥協しないからこそ面倒なことが沢山起こる。

海外にこだわらなければ、仕事と競技の両立もしやすい。

トライアスロンをしていなければ、別にゴールドコーストの近くにこだわる必要も一人部屋にこだわる必要もない。

来年、親のすねでもかじって学生ビザにしてしまえば今もゴールドコーストでトレーニングに集中できる。




でも妥協しないためにここへ来たし、自分の人生は自分で切り開いていかないと未来のスキルにならない。

今は色んな意味で強くなるための修業をし、笑い話に変わるまで突っ走るしかない。




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